光の旋律 第五章 焔の皇女
オーガストさんと並んでベンチに腰掛けて微風を感じていると、酔いはすぐに覚めた。隣に座ったオーガストさんは私の背中を摩り続けてくれている。
「ありがとうございます、もう大丈夫です」
「本当か?」
「ええ、ご心配をお掛けして申し訳ありません。お二人を追い掛けましょう」
「無理するな、もう少し休め。飲み物でも買ってきてやる、待ってろ」
「すみません」
オーガストさんが立ち上がり、離れてゆく。
体調も戻ったので、一人になって改めて街を見回すと、本当に華やかな国だと実感する。こんな世界があることを、これまでの私は文献の中でしか知らなかった。自分の目で広い世界を知ることができる、この機会は貴重なものだ。
(あら、あの子は……)
そんな人混みの中、戸惑うような表情をしている少女の姿があった。見過ごせず、私はベンチを立ち、彼女に歩み寄った。
「大丈夫ですか?」
声を掛けた私を、彼女は警戒心の強そうな瞳で見上げる。
「もしかして、道に迷っていらっしゃいますか?」
「……人を待ってるの」
「そうだったのですね。ではお連れの方が来るまで一緒にいましょう。ここでは少し危ないです」
「……ええ」
彼女と二人でベンチに座る。彼女は、黒の生地に沢山のフリルやレースがあしらわれた、ゴシックながらも可愛らしい服を着ていてとても目を引いた。修道服という私の姿もぱっと見では珍しいだろうから「目を引く」という意味では人のことは言えないので、私達二人はこの街の風景から少し浮いているかも知れない。
その時不意に、この国の騎士らしき男性が近付いてきて大きな声を上げた。
「いたぞ、ダヌアの者だ!」
「きゃ……」
彼女が小さな悲鳴を上げ、私が顔を上げると、彼女の髪が乱暴に掴まれたところだった。
「何をなさるのですか!?」
「貴様も協力者だな、来い!」
慌てて彼に迫ると、彼は私の腕を強く掴んで引っ張った。痛みと恐怖でどうしていいかわからずにいると、オーガストさんが駆け戻ってくるのが見えた。
「どうした、女」
「オーガストさん!」
「女から離れろ」
戻ってきたオーガストさんが彼を追い払うように私を守る。
「何があった」
「わ、わかりません」
ただ、騎士の男性が彼女を敵視しているようなのはわかる。すると。
「オーガストさん、フィーユさん、どうなさいました?」
聞き込みを終えたらしいリヒトさんとグレイシアさんが戻ってきて、ただならぬ様子の私達に心配そうな目を向けた。そして二人は彼女の姿を捉えて目を丸くする。
「ネイ皇女……!?」
「あなた、レゼルの……」
リヒトさんとグレイシアさんを見ると、ネイと呼ばれた彼女は途端に私から距離を取った。
「消えて」
冷たい声色で言い、彼女は掌から攻撃魔法を放った。突然私に向かってきた炎。あまりに唐突なことで回避する余裕などなかった。
「女!」
オーガストさんが私を庇う。オーガストさんの背中にその炎が迸った。
「オーガストさん、大丈夫ですか!?」
「このくらい大丈夫だ。あんたに怪我がないならそれでいい」
「私は平気です。でも、オーガストさんが……」
そうオーガストさんと言葉を交わしているうちに、リヒトさんとグレイシアさん、そして騎士の男性は突如牙を剥いた彼女を取り押さえようとしていた。だが、彼女の攻撃魔法の腕はとてつもないもののようで、歴戦の騎士を圧倒している。その流れ弾のような炎が私を庇い続けるオーガストさんにまで降り掛かる。
「オーガストさん、離れてください」
だが、オーガストさんは私をしっかり抱き締めたまま離れようとしない。このままではオーガストさんが危険だ。
「私は大丈夫です、大丈夫ですから、離れてください!」
涙ながらに訴えても、オーガストさんは言うことを聞いてくれない。どうしたらよいのだ。そう思った時、ぴたりと攻撃が止んだ。
「……シェイド」
呟いて、彼女は一人の男性の元へ駆け寄っていった。