光の旋律 第五章 到着
タトゥ皇国はレゼル郊外の森を抜けた先にある隣国である。質素な印象のレゼルに比べ、タトゥはとても華やかな国だ。観光客も多く、楽しげに行き交う人々に混ざって関所を抜けると、そこには綺麗な街並みが広がっていた。
石造りの建物は歴史を感じさせるものだが、どれも手入れが行き届いており美しい。ところどころに植えられている街路樹も、きっと景観を計算し尽くして配置されているのだろう。
昨日のアリアさまのお誕生日の城下町はレゼルでも人は多い方だったが、タトゥ皇国の今日は別に特別な日というわけでもないはずなのに、レゼルの何倍も賑わいがあった。
「何だか気圧されますね。別世界のようです」
呟いた俺の背を、グレイシア教官が励ますように優しく叩いてくれた。
「女、どうした」
街の中心へ向かって歩き出そうとした時、不意に聞こえたオーガストさんの声。振り返ると、俺達の最後尾でフィーユさんがしゃがみ込んでいた。
「どうなさいました、フィーユさん」
グレイシア教官と俺も、慌ててフィーユさんに歩み寄る。
「すみません、人波に酔ってしまったようで」
「大丈夫ですか?」
フィーユさんは口元を押さえながらも、俺達に心配をかけないようにだろう、少し無理をした表情で「大丈夫です」と微笑む。恐らく、修道院生活だったフィーユさんはレゼルを出たことがないのだろうから、この国の活気にあたってしまったのではないか。
フィーユさんの肩を抱きながら、オーガストさんが言った。
「女には俺がついていてやるから大丈夫だ、お前らは先に行け」
「え、でも……」
「お前らにはやることがあるんだろう。これは俺の役割だ、任せていい」
俺はグレイシア教官を見た。グレイシア教官は少し考えてからフィーユさんに言う。
「申し訳ありません、フィーユさん。後で迎えにきますので、オーガストと一緒にいてください」
「ええ、少し休めば大丈夫です。私のことはお気になさらず行動なさってください」
二人の気持ちを無下にもできず、グレイシア教官と俺は行動を開始した。オーガストさんはフィーユさんを支えるようにしながら近くのベンチへと歩いていった。
「フィーユさん、つらそうでしたね。心配です」
「そうだな……」
グレイシア教官もフィーユさんが気掛かりなのだろう、何度も後ろを振り返る。
「だが、オーガストがいてくれる。私達にできるのは一刻も早く聞き込みを終えて戻ることだ。行くぞ、リヒト」
「はい!」
そうして俺達は聞き込みをすることにした。まずは、傭兵ギルドへ足を運ぶ。どの国でも傭兵は貴重な情報を持っている。王宮に直接仕える騎士よりは然程口止めをされていないことも多いので、聞き出すにはうってつけだ。
受付で許可を取ってギルド内へと進むと、そこはどこか慌ただしそうな雰囲気だった。グレイシア教官と俺は二手に分かれて聞き込みを始める。
「何だか騒がしいですね?」
さりげなく、俺は近くにいた一人の傭兵らしき男性に声を掛けてみた。
「ああ。さっき城でな、姫が大切にしているブローチが盗まれたんだそうだ。それで騎士さまがピリピリしてるし、うちにも依頼が入りそうだ」
「ブローチ……宝石とかですか?」
「宝石なんて可愛いもんじゃない。あれは『魔石』だ。あんたも聞いたことくらいはあるだろう?」
魔石。それはナフィティア大陸では有名な伝承だ。数百年前の竜の魂が封じられた石を、大陸のどこかの姫君が自身の魔力で守護する役目を持っている、という、御伽話にも似た言い伝え。「どこかの姫君」の一人は、タトゥ皇国の姫だったのか。
「まだ捕らえられていない窃盗の容疑者はダヌアの者らしくて――」
「ダヌア?」
思いがけず飛び出したその国の名前に俺は食らい付いた。
「それ、詳しく教えていただけませんか?」
「別に構わんが、あんた、その服はレゼルの騎士さんだろう? こんな事件知っても何にもならないと思うぞ」
「今、ちょっとダヌアについて調べておりまして」
「ふうん、変な騎士さんだな」
首を傾げてから、彼は語り始めた。
「ダヌアの者が、姫の側近に成り代わっていたらしい。姫がブローチを身に着ける時に掠め取り、そのまま姿を消したという話だ。だから今、街ではダヌア帝国出身者を洗い浚い捜索しているようだぞ。……まあ俺が持っている情報はこんな程度だな。何か役に立つか?」
「はい、ありがとうございました」
その情報を持って俺はグレイシア教官と落ち合った。グレイシア教官も似たような情報を手にしたようだが、より詳しい内容だった。
「窃盗を働いたダヌアの者は擬態の能力があるのではないかと推測されているらしい。誰も姫の側近がそのような怪しい人物だったなどと気付かなかったようだからな」
「では、その能力の保持者がシェイド・ローウェルであったという可能性もあるってこと……ですよね?」
「そういうことだ、お前は話が早いな」
大分有益な情報を手に入れることができたのではないだろうか。ひとまずグレイシア教官と俺は、オーガストさんとフィーユさんの元へ戻ることにした。