光の旋律 第四章 影の思惑


 月だけが光源となる闇に包まれた森の中で、闇夜に紛れるような黒い服を身に着けた一組の男女が合流する。
「シェイド、お帰りなさい」
「一人にして悪かったな、ネイ。まあ、アンタなら大丈夫だとは思ったがな」
「ええ、平気」
 ネイと呼ばれた漆黒の髪の少女は感情の欠落した声色で返事をする。一方、男――シェイド・ローウェルは、そんなネイの頭を撫でる。
「レゼルの姫はハズレだったようだ。次に移ろう」
「次……どこの国?」
「そうだな。ここから狙いやすいのは、タトゥ皇国だろうな」
「タトゥ……わかったわ」
 頷くと、ネイはシェイドの腕を取り、ふわりと宙に浮上した。そのまま二人は上空を漂ってゆく。そうやって不思議な移動をしながら、ネイはシェイドの顔をじっと見た。
「ねぇ、シェイド。あなた、何だか嬉しそうね」
「嬉しそう? ……ああ、まあ、この国には面白い奴がいたよ。なかなか賢そうな女騎士、丸腰で俺の意表を突ける男にも出会えた」
「そう。強かった?」
「俺もまだ鍛える余地がある、それは嬉しいことだ。俺が嫌いな平和ボケした男も勿論いたがな」
 シェイドの言葉にネイはしばらく黙り込んだ後、小さく尋ねた。
「私もその人達くらい強かったら、シェイドはずっと私の傍にいたいと思った? それとも、護衛の必要がなくなって離れていく?」
 その問い掛けをシェイドは一笑に付した。
「もしも、の話なんて建設的じゃない。アンタが弱い人間なのはこれから先も変わらない。俺が守る必要があるだろ」
「そうね」
「当分の間、俺がアンタから離れることはない。安心しろ」
 シェイドはネイが自分に寄せる想いが何なのか気付いているようだった。それを受け入れるでも拒絶するでもなく、ひたすら二人で歩いていく必要が彼にはあるのだ。
「――さよなら」
 遠ざかっていくレゼルの景色に、ネイは小さく別れを告げた。



 ネイ・ダヌア。それが私の名である。
 その名が示す通り、私はダヌア帝国の皇族の一人だが、今は皇女という大層な肩書きになってしまったらしい。
 ダヌアの皇族は皆、特殊な性質の魔力を持っているのが特徴だった。そんな中、私の能力は、「最も愛する存在に魔力を貸し与える」というものだった。
 幼少の頃、私は自然と父に魔力を貸与していた。当時の私は自分では基礎的な魔法すらまともに使えなかったので、父と私はワンセットだった。それによって父は自身の魔力を増幅させ、第二皇子でありながら兄を抑えて次期皇帝となることが決まったのだ。
 時が流れ、ある日、私は何故か父に魔力を渡せなくなった。代わりに力を得たのは、私の側近である女性だった。父は「それは仕方のないことだ」と笑ったが、その日から私の周りの人間の目が変わったのがはっきりとわかった。
 そうだ、こいつの愛する人間になれば、あの皇帝を凌ぐほどの魔力を手にする可能性だってある――そんなことに誰もが今更気付いたのだろう。
 側近だった女性は、周囲から羨望を向けられ、その重圧に耐えられないと言って私の前から姿を消した。私は自分の能力を呪った。新たな側近になるのは、私に取り入ろうとする男性ばかりだったが、全員適当に理由を付けて解雇してもらった。
 もう普通に私を愛してくれる人などどこにもいないのだろうと諦めようとした時、その男は現れた。
「私が次の護衛です」
 そう言って微笑む男に「そう」とだけ答えて部屋に引き返そうとすると、その男はこんなことを言った。
「もう一度、あなたの力を得た皇帝が見たい」
「……え?」
「私はあなたの力を自分が得たいなどとは思いません。私には剣技こそが全て。だからこそ、その剣技のみで最強の皇帝に打ち勝ちたい。それが私の夢です」
 今までの側近のように私を利用しようとしていることに変わりはないはずなのに、取り繕うことのない彼の姿勢には潔さを感じ、私は妙に惹かれた。
「私の野望にはあなたが必要なのです」
 ただ、彼の瞳に濁りはなく。
 私は不思議なほど素直に彼を受け入れた。


 そして、今。
 あれから私達の関係は大きく変化した。しかし私の心を彼が解き放ったことに違いはない。
 影に身を隠しながら、私は私の道を征く。