光の旋律 第三章 混乱の後


 舞踏会は、予定より少し早いが、閉会の流れに入っていた。
 殿下や参加者の安全を第一に考えてリヒトと共に大広間に戻った私の傍に、副団長である兄がやってきた。
「グレイシア、エーデルシュタイン。騒ぎ立てたくはないからこのまま静かに聞いてくれ」
 そう私達に耳打ちをする兄さん。
「まず、シャンデリアの落下について。シャンデリアの金具には焼け焦げているような跡があった。落下はその、部品の破損が原因だと思われる」
「焼け焦げた……?」
「そして、招待客の一部――ダヌアの姫君とその護衛が、いつの間にか会場から姿を消している。エーデルシュタインは先程シェイド・ローウェルと交戦したんだろう? 後で話を聞かせてもらいたい」
「承知いたしました」
 参列者からは、私達の様子は騎士が二言三言何気なく言葉を交わしているだけに見えるだろう。しかし、内心では私は少なからず動揺していた。
 レゼルは然程大きな国ではない。王宮も、使用人の数もセキュリティも、発展し切っていないのが現状だ。シェイド・ローウェルは、シャンデリアの件で警備が手薄になった隙を見計らって不審な行動に出たのだろう。ダヌアは何を企んでいるというのだ。
 やがて、退場されるアリアさまと共にリヒトと私も会場を後にし、アリアさまの部屋まで付き従った。
「グレイシアさま」
 部屋に着くと、アリアさまは不安げな瞳を私に向けた。
「何か嫌な予感がいたしますわ。これからどうなってしまうのでしょうか」
「……アリアさま」
 私はそっとアリアさまの手を握って微笑んだ。
「レゼルの騎士はいつでも誇り高くあります。どんな時も王家とその国民を護り抜きます。ご安心ください」
「……ええ、そうですわよね。私も信じていますわ。ありがとうございます、グレイシアさま、リヒトさま。どうかお気を付けて」
 その言葉を胸に、私達はアリアさまの部屋を出て、騎士団の仲間と合流するべく作戦室へ向かった。



 騎士団の仲間――特に新人の騎士達はざわめき立っていた。当然だ、何年も事件らしい事件のないレゼル王国。その王宮で、他国の剣士が牙を剥き、新人のリヒトと剣を交えたというのだから。
 リヒトの話ではオーガストもシェイド・ローウェルと交戦したというので、騎士団長は彼にも話を聞きたいとの意向を示した。なので私は、フィーユさんとオーガストが控えている部屋を訪れた。
「あら、グレイシアさん」
 扉をノックすると、フィーユさんがひょこんと顔を出した。
「フィーユさん。オーガストに話を聞きたいと思って伺ったのですが、入ってよろしいでしょうか」
「あ、お話……今ですか?」
 フィーユさんが少し戸惑った顔を見せたので、何か問題があっただろうか、と私は首を傾げた。するとフィーユさんは言う。
「実はオーガストさん、お休みになってしまって……」
「は? ……寝ているんですか?」
「ええ、お疲れになったと仰るのでマッサージをさせていただいたんですが、いつの間にか寝息を立てていらっしゃいました」
 少し前に剣を向けられる戦闘をしたというのに数十分と経たずに熟睡しているのか。オーガストらしいと言うか何と言うか。
「でも騎士さま方とのお話の方が大切でしょうし、起こしてきますね」
 そう言ってフィーユさんが踵を返そうとしたので、私は慌てて呼び止めた。
「急ぎの話というわけではありませんので一旦戻ります。フィーユさんこそお疲れになりましたよね。恐らく今日はお二人には王宮で寝泊まりしていただくことになると思います。オーガストと同室ではお休みになりにくいでしょうし、フィーユさんには別のお部屋を割り当てさせていただきましょうか」
「え? いえ、私は問題ありませんよ。寧ろオーガストさんがいらっしゃって安心です」
 フィーユさんはそう微笑む。確かに戦闘行為が起こった王宮の中の一室で女性一人というのは危ないかも知れないが、男と二人きりというのも別の意味で危険ではなかろうか。
(……まあオーガストなら大丈夫か……)
 いつもオーガストはフィーユさんのことを大切にしている。狼藉を働くような馬鹿ではないだろう。
「では、オーガストさんがお目覚めになりましたら、グレイシアさんがお呼びになっていたとお伝えしておきます」
「ええ、お願いいたします」
 そう言って、私はその部屋から離れた。
 何となくだが、フィーユさんと言葉を交わしたことで、張り詰めていた糸が緩んだような安心感を覚えた。フィーユさんは本当に心を癒してくれる女性だな、と思い、小さく笑みを溢す。
 女性騎士筆頭として、仕事はまだまだ山積みである。気合いを入れるように拳を握り、私は廊下を歩み始めた。