光の旋律 第三章 護衛組


 会場に、アリアさまが盛大な拍手を浴びながら入場される。その横に付き従うのは、グレイシア教官と俺だ。
 少し離れた場所には、アイシクル副団長を始め、多数の騎士が配置されているのが見える。誰も彼も騎士団の重役ばかりで、俺は固唾を飲んだ。こんな面々の中で、アリアさまの直接の護衛二人のうちの一人を俺が務めることになるとは。
 俺の緊張を後目に、会場にはワルツが流れ、広間の中心ではクルクルと舞っている男女の姿が多く見られた。
 ふと、その輪の中に混ざろうとするオーガストさんとフィーユさんを見付けた。ヒールのせいだろうか、少しぎこちない動きで歩くフィーユさん。その手を引き、ホールドを作るオーガストさん。
 そして、二人はゆっくりと踊り始める。
(わ、凄い)
 その様子を眺めて、俺は感嘆の溜息を漏らした。二人とも今日に至るまでダンスの経験は一切ないと言っていたので、この短時間でここまで自然に踊れるようになったとは驚きである。
 フィーユさんの物覚えのよさやオーガストさんの運動神経もさることながら、それ以上に、二人は相性がいいのだろうな、と俺は推測する。それほど、とても息の合ったダンスだった。
「リヒト」
 そこで不意に名前を呼ばれて我に返る。ご着席になったアリアさまを挟んで向こうにいるグレイシア教官が俺を見つめていた。
「あっ……すみません!」
 余所見をするなと叱られたのかと思い、俺は謝った。しかしグレイシア教官は、違う違う、と小さく手を振り、「アリアさまにお飲み物を取ってきてくれ」と俺に告げた。
「レモネードが飲みたいですわ。リヒトさま、お願いできるかしら」
 と、屈託のない笑みを見せるアリアさま。
「承知いたしました、少々お待ちください」
 ということで俺は一旦持ち場を離れ、プロのバーテンダーが飲み物を用意するテーブルへと歩いていった。
 当たり前だが、この会場にいる騎士の中では俺が一番の下っ端である。護衛の任務とは言え、俺はグレイシア教官の補助しかできない。いや、それすら満足にできるのか怪しいところだ。グレイシア教官も言っていたように、今日の俺は雑用をしながら、グレイシア教官の仕事ぶりを拝見して今後の参考にさせていただくのが正しい行いだろう。
 よく冷えたレモネードを受け取り、アリアさまの元へ戻ろうと踵を返した時、俺の肩は誰かに接触した。
「あ、申し訳ございません」
 反射的に謝罪を口にしてからその人物の顔を捉え、俺は目を瞠った。
「いいえ、お気になさらず」
 そう微笑むのは、先日俺を襲った男性――帝国の騎士、シェイド・ローウェル。
 驚きで言葉が出ないまま口を開閉させている俺に、彼は穏やかな表情を崩さなかったが、去り際、意味ありげに唇の片端を上げてフッと笑った。
 俺は慌てて元の場所に戻り、アリアさまにグラスを渡すと、グレイシア教官に駆け寄って耳打ちをした。
「グレイシア教官、あの方が……! シェイド・ローウェルが会場に……!」
「ああ」
 既にそのことに気付いていたらしいグレイシア教官は、渋い顔を見せた。
「先程話した通り、ダヌアの姫君の護衛として入場したようだな。警戒しておくぞ」
「はい……」
 先日の出会いを思い出し、俺に不安が蘇ってきた。あの時グレイシア教官が来てくれなければ、俺は彼に命を取られていたかも知れないのだ。
(シェイド・ローウェル……)
 彼が向かった方向に目をやれば、彼は漆黒の髪の少女の隣に微笑んで立っていた。
 ダヌアの姫君と、その護衛。まさか、何かを企んでいるのだろうか。
 俺は、緊張で汗ばんできた手を強く握った。