光の旋律 第三章 潜入組
舞踏会が始まり、会場となる大広間には七十人くらいの人が集まって歓談していた。壁際に寄せられたテーブルには豪華な料理や飲み物の数々がずらりと並んでいる。
「女、何か飲むか?」
私をエスコートしてくれているオーガストさんが、そう尋ねてきた。
「そうですね。ちょっと緊張しましたし……少し喉が渇いたかも知れません」
「わかった。適当に取ってきてやるから、ここで待ってろ」
「ありがとうございます」
遠ざかってゆく後ろ姿にお礼を言い、私は一息吐いた。
この会場に集まった若い男女――各国の殿下や貴族令嬢・令息なのだろう――は、皆、仕立てのいい服を着て、表情には自信が漲っている。その中で私だけが浮いてしまうような気がして、先程からずっと不安でならない。
そんな中に紛れても、オーガストさんは決して遜色ない。寧ろ、この会場のどの男性より魅力的だと私は思う。彫刻のように整った逞しい長身と美しい顔立ちは勿論彼を引き立てているのだが、何よりこの状況に何ら動じずに堂々と振る舞える強さが素敵だと思った。
そんなオーガストさんの相手役に少しでも相応しくなれるよう、私も堂々としよう。そう思い、縮こまり気味だった背筋をしゃんと伸ばしたその時だった。
「やあ」
私の近くに寄ってきた一人の男性がそんな呼び掛けを発した。
私に向けられたものだとは思わなかったので、私はそのまま真っ直ぐに前を向いていた。すると彼は苦笑して、「あなたですよ、薄色の髪のお嬢さま」と続けた。
「え、私ですか?」
薄色の髪、とは、私の特徴に他ならない。振り向くと、彼は満足そうに笑った。
「ごきげんよう。お一人ですか?」
「ごきげんよう。いえ、一人ではありません。今相手を待っているのです」
「こんな可憐な女性を一人置き去りにするとは。考えられない男性だ。どうです、僕と一曲踊ってくださいませんか」
そう言って彼は私の手を取った。
「すみません、私には相手がおりますから」
触れられた手に戸惑いながら私はそう断った。その時。
「おい」
低い声がした。振り返るとグラスを二つ持ったオーガストさんが、彼を睨み下ろしていた。
「オーガストさん」
オーガストさんを見て、私はほっとした。男性に慣れていない私は見知らぬ男性からのお誘いに内心かなり狼狽えていたので、オーガストさんが戻ってきてくれて助かった。
「俺の女に何か用か」
静かに、けれどしっかり威圧感を放って、オーガストさんが彼を威嚇する。しかし、「俺の女」という表現は何だか語弊がある気がするのだが。思わず私は赤面した。
「い、いや、僕は――」
現れた大柄な男前に恐れをなしたのか、及び腰になった彼は、もごもご言いながら私から離れていった。やがて彼の姿が見えなくなると、オーガストさんは心配そうな目を私に向けた。
「大丈夫か、女」
「ええ、大丈夫です」
「何かされたか」
「いえ、何も。ダンスのお誘いを受けただけですよ。でもオーガストさんが戻ってきてくださって安心しました」
「そうか、ならいい。……ほら、適当に選んだんだが、嫌いじゃなかったら飲め」
「ありがとうございます」
オーガストさんが差し出したのはレモネードの入ったグラスだった。私がそれを受け取って礼を述べると、オーガストさんは自分のグラスに口をつけてから言った。
「次は、あんたも一緒に連れていく。ヒールじゃ歩きにくいだろうと思って置いていったんだが、変な男に目を付けられるみたいだからな」
「こんなこと滅多にないと思いますが……」
「そうでもない。あんたは綺麗だ。悪い虫が寄り集まり兼ねない」
綺麗と言われて私は頬が熱くなるのを感じた。
オーガストさんはグラスの中身をくいっと飲み干すと、近くのテーブルに空のグラスを置いて、私の肩を抱き寄せた。
「ちゃんと俺の傍にいろ」
その言葉はまるで恋人に向けているような響きで、私はどきどきしてしまった。オーガストさんは純粋に私を心配してくれているだけで、他意があるわけではないということはわかってはいるのだが。
それにしても、男性に触れられるのには抵抗があったはずなのに、オーガストさんが相手ならば全く嫌だとは思わないのは何故だろう。
不思議に思いながら、私は「はい」と頷いて、オーガストさんに寄り添った。