光の旋律 第二章 円舞曲
左、右、左、右、左、右。
一歩一歩、確かめるようにワルツのステップを刻んでゆく。
重ねられた手から腕を辿ってゆけば、そこにはオーガストさんの真剣な表情がある。私と組んだオーガストさんは、足元を見ながら、ぎこちなくステップを踏んでいた。
午前十時、王宮のダンスルームにて。
アイシクルさんに連れられてこの部屋にやってきたオーガストさんと私は、今宵の舞踏会に潜入する為、ダンスの基礎を叩き込まれていた。とは言え舞踏会に出る目的は警備なのでそれほど本格的に踊れるようになる必要もないのだが、全くの無知では浮いてしまうであろうとの判断からだ。
振りは何とか飲み込めた私だが、ダンスの経験どころか男性と手を繋いだこともない者としては重ねた手と腰に回された腕が気になってしまって実践に身が入らない。反対にオーガストさんは、私と接触することについては全く気にしていないが、なかなか振りが覚えられないようだ。
やがて、美しく流れていたメロディが終わりを迎え、オーガストさんと私は同時に息を吐いた。私達の練習を見ていたアイシクルさんが、ぱちぱちと手を叩く。
「二人とも、初めてにしては上出来だ。本番までには完成しそうだな」
「そうでしょうか?」
「ああ。ところで、ちょっと騎士団の連中の様子などを見てきたいんだが。しばらく二人で自由に合わせていてくれるか?」
「ええ、構いませんよ」
悪いな、と言い残してアイシクルさんが部屋を出ると、オーガストさんは「疲れたか?」と私に声を掛けた。
「いえ、大丈夫です。もう一度踊りますか?」
「そうだな。勘が消えないうちにもう一回頼む」
「わかりました、お願いいたします」
二人きりの部屋で、再びオーガストさんと手を取り合う。ステップを踏み始めると、オーガストさんがぼやいた。
「しかし、何で俺がこんなことを」
「あ……ごめんなさい、お嫌でしたか? ダンスとか」
「いや、あんたとだからいい。嫌ではない」
あんたとだから、と聞いて私はちょっと嬉しくなった。
「あんたは、ステップはもう覚えたんだろう?」
「完璧ではありませんけれど、大体は」
「凄いな。俺は足元を見ないと訳がわからない」
「オーガストさん。足、少しくらい踏んでも構いませんので。顔を上げて踊ってみてはいかがですか」
「俺があんたの足踏んだら大惨事だろ」
「そんなことはありませんよ、大丈夫です」
「……そうか?」
オーガストさんが顔を上げる。するとおのずと常に目が合ってしまうことになり、私の方が動揺してオーガストさんの足を踏み付けてしまった。
「す、すみません……!」
初合わせの為、靴を履いていなかったのが幸いだが、それでもかなり痛かったのではないだろうか。私が慌てて謝ると、オーガストさんは笑う。
「大丈夫だ、気にするな」
一、二、三。一、二、三。
徐々にテンポを上げて、私達の踊りは少しずつ滑らかになってゆく。
「一応覚えたがまだ何かガクガクするな」
「あとは反復しかないかも知れませんね」
「もう少し付き合ってくれるか?」
「勿論です」
オーガストさんの大きな手に包まれた右手が、温度という理由だけでなく、あたたかく感じた。
初めは、男性と手を繋ぎ、こんなに密着するというのには少しだけ抵抗があった。けれど今は、相手がオーガストさんでよかったな、と思う。
素っ気ない態度ばかりだが、本当は誰より相手を気遣う心を持つオーガストさんが、私はとても好きなのだ。
舞踏会で踊ったら、オーガストさんと私の姿は周りの目には恋人同士のように映るのだろうか。彫刻のように美しいオーガストさんの相手役は、こんなちっぽけな私には恐れ多いけれど、そうだとしたらちょっと嬉しい。
会場の警備が任務なのだから浮かれてばかりはいられないが、本番が楽しみになってきた。