光の旋律 第二章 衣装合わせ


「――それで、どうして俺はこの格好に……?」
 アイシクル副団長についていった俺は、王宮の衣装部屋に通されたかと思うと、メイドさん達の手によって騎士服を剥ぎ取られ、代わりに何故かタキシードを纏わせられて戸惑いの声を上げた。
「似合うな、リヒト」
「はあ、どうも」
 折角のグレイシア教官からのお褒めの言葉にも今一つ上手く反応できずにいると、隣の部屋からフィーユさんが出てきた。
「あの……着替えました」
 フィーユさんはアイボリーの生地に金色の糸で刺繍が施されたドレスを身に纏っていた。普段の修道服姿も清楚で可憐だが、ドレスに身を包んだ姿は更に美しく見えた。
「お美しいです、フィーユさん」
「あ、ありがとう、ございます……。でも、こういったドレスって、その、露出が多くて……」
 フィーユさんは、大きく開いた胸元を気にしているようだ。胸の谷間が見えないように、生地を指先で摘まんで襟を詰める、という仕草をずっと繰り返している。修道服に身を包んでいる時には気が付かなかったのだが、フィーユさんは意外とお胸が豊かな方だったらしい。
「それで、これは一体何なんですか?」
 困惑する俺達に、アイシクル副団長は言う。
「その格好をしてもらったのは他でもない。二人には、舞踏会の間、参列者に混ざってさりげなく全体の警備をしてもらいたいからだ」
「参列者に混ざって、ですか?」
「ああ。姫様方の目線と俺達騎士の目線では、違う危険もあったりするからな」
 なるほど、と俺は頷いた。覆面というやつか。
「フィーユさんとリヒトは品がある。並んでいると、姫と王子のようだな。これなら充分、今晩の舞踏会に参列される貴族令嬢・令息の一組として振る舞えるだろう」
 グレイシア教官が言う。
「では、二人はその姿のまま、舞踏会の参列者に混ざりながら警戒を――」
 そこで不意に、今まで黙りこくっていたオーガストさんが「待て」とストップを掛けた。
「舞踏会の間、女は俺と離れることになるのか」
「そうだな。リヒトとペアになってもらう方が、自然だろう」
 グレイシア教官の言葉に、オーガストさんは元々あまり優しくない目つきを更に鋭くして俺を睨んできた。
「あ、あの、オーガストさん?」
 大柄なオーガストさんに凄まれると、威圧感が半端ではない。俺は怯んだ。
「……俺にも着せろ」
 そう言い残して、オーガストさんは衣装部屋に踏み込んだ。
「グレイシア教官、やっぱりフィーユさんのペアはオーガストさんにした方がいいですよ」
 またあんな目で睨まれるのは嫌だ。俺はグレイシア教官にこそこそ耳打ちをしたが、グレイシア教官は首を縦に振らない。
「しかしな。あの無礼な破廉恥男が、良家の出身らしい振る舞いなどできるとは思えん」
 しばらくして、衣装部屋の中から、きゃあっとメイドさん達の歓声が上がった。その歓声に押し出されるようにして現れたのはタキシードに身を包んだオーガストさんだった。
「あっ、オーガストさん、似合いますね」
「慣れないな、この厚着」
「オーガストさんって背が高いですし、顔立ちも精悍ですし、格好いいですよ。いいなぁ」
「そうか? 女の隣にいても、おかしくはないんだな?」
「ええ。そうですよね、グレイシア教官」
 俺はグレイシア教官を振り返った。グレイシア教官は、渋々、といった感じで頷く。
「まあ、そうだな。思ったよりは、マトモな男に見える」
 その言葉にほっとしたように小さく息を吐いたオーガストさんは、フィーユさんの手を取った。
「あんたは、俺から離れるな」
「え、あ……、は、はい……」
 オーガストさんに手を取られたフィーユさんは顔を赤らめて俯く。そんな二人を見て、お似合いだな、と微笑ましく思った。好きかどうかはまだよくわからないというようなことを言ってはいたが、オーガストさんはフィーユさんをとても大切に思っているし、フィーユさんだってオーガストさんを意識しているのだ、きっと。
 参列者に混ざりながらの警備はオーガストさんとフィーユさんに任せることに決まり、俺はグレイシア教官と共に、アリアさまの元へ行くことになった。遠巻きにお顔を拝見したことは勿論幾度もあるのだが、騎士になりたての身で王族の警護をすることになるとは思ってもいなかったので、俺は緊張した。
 着慣れないタキシードから元の騎士服に着替え直し、グレイシア教官と廊下を進む。
「でもアリアさま、男性が苦手なんですよね? 俺が行っても大丈夫なんですか?」
「まあ、主に接するのは私、ということにすれば問題はないだろう。お前は遠目に、私達の様子を見ていればいい」
 長い廊下を歩き、辿り着いた先にあったのは、大きな扉だ。グレイシア教官がそっとノックをする。
「聖騎士団、グレイシア・セシルでございます。アリアさま、いらっしゃいますか」
「まあ、グレイシアさまですの?」
 ぱあっと華やいだ声と共に、中から銀色の髪が美しい少女が飛び出してきた。彼女は間違いなく第一王女・アリアさまで、嬉しそうにグレイシア教官に抱き着く。
「グレイシアさま、来てくださって感激ですわ。今日の警護、よろしくお願いいたしますわ」
「ええ、よろしくお願いいたします」
「そちらの男性は……?」
「私の補佐をいたします、リヒト・エーデルシュタインです」
 グレイシア教官に紹介され、俺は背筋を伸ばしてから「よろしくお願いいたします」と深く頭を下げた。
「よろしくお願いいたしますわ、リヒトさま」
 男が苦手という話は嘘だったのかと思うほど、アリアさまは余裕のある優雅な微笑みで俺の名を呼んだ。
「私達二人が、今夜の舞踏会での、アリアさまの護衛を担当いたします」
「ええ、ええ。嬉しいですわ。勿論、アイシクルさまも悪い方ではないのですけれど、グレイシアさまの方が親しみを覚えますもの。それにリヒトさまも――」
 言いながら、アリアさまはちらりとこちらに目を向けた。
「私と年頃が近そうだからかしら、お話ししやすそうな方で、少し安心いたしましたわ」
「光栄です」
 そう頭を下げた俺に「そんなに固くならなくてよろしくてよ」とアリアさまがコロコロと笑う。
「それではグレイシアさま。今日着るドレスを、グレイシアさまにも見ていただきたいのですわ」
「よろしいのですか? ではリヒト、お前は少し外で待っていてくれ」
「あ、はい。失礼いたします」
 衣装や髪飾りなどのお洒落についてという女性同士らしい会話が始まり、俺はグレイシア教官に促されてアリアさまの部屋から離れたのだった。