光の旋律 第二章 再出発


 あっと言う間に一週間が過ぎた。今日でこの宿ともお別れである。
「リヒト、準備はいいか」
「あ、はーい」
 部屋の最終確認をし、整えたベッドのシーツを何気なく一撫でしてから俺は外に出た。そこには既にグレイシア教官、オーガストさん、フィーユさんが揃っていた。
「すみません、お待たせしてしまいました」
「気にするな。では行くぞ」
 グレイシア教官の先導で、俺達は宿屋に別れを告げ、舗道をゆっくりと歩き始めた。
 初めて全員で顔を合わせてから一週間。親睦を深めるという目的は充分果たしただろう、と俺は思っている。厳しくも優しく指導してくれるグレイシア教官に、いつも周りを気遣ってくれるフィーユさん、掴みどころがないが俺を気に掛けてくれるオーガストさん。この一週間で、それぞれのことがよくわかった気がするのだ。
 あれから、俺を襲った男性とは一度も接触していない。情報を求めて走り回ったグレイシア教官曰く、彼は今もレゼルに身を潜めている可能性が高いとのことだが――。


 城下町に出ると、今日は何だか町全体が賑やかだった。不思議に思ったらしいオーガストさんが「人すげえ多いな」と呟いた。確かに今日は右を向いても左を向いても人で溢れている。
「今日は姫様のお誕生日だからな」
 と、グレイシア教官が答える。
「ああ、そうですよね」
 納得、と俺は頷いた。今日はレゼル王国の第一王女・アリアさまのお誕生日だ。例年通りなら、夜には舞踏会も行われるのだろう。
「ふーん、姫か」
 オーガストさんは今一つピンと来ていない顔をしている。そう言えばオーガストさんは晩酌の時にも「王族には詳しくない」と言っていたっけ。
 その時、町の一角から、グレイシア教官や俺と同じ騎士服を着た青年がこちらに向かって歩いてきた。彼は右手を挙げて俺達に笑い掛ける。
「よう、グレイシア。まだレゼルにいたか」
「兄さん――いや、副団長」
 それはグレイシア教官の兄であり、聖騎士団の副団長・アイシクルさまだった。グレイシア教官とよく似た凛々しい顔に微笑みを浮かべながら、アイシクル副団長はグレイシア教官の元に歩み寄った。
「お前に託された任務の件は、団長から伺った。健闘を祈るぞ、グレイシア」
「ありがとうございます、副団長」
「しかし折角まだレゼルにいるんだ。一つだけ、俺からの依頼を聞いてくれないか」
「何です?」
「今晩の舞踏会の姫様の警護に、お前も就いて欲しい」
「私が、ですか?」
 グレイシア教官は自らを指差して首を傾げた。
「お前も知っての通りだと思うが、アリアさまは男性に馴れていないようで、な。俺が身辺警護に就くと知って、相当嫌がっているらしいんだよ。護衛の騎士はグレイシアさまがいいですわ、ってな」
「なるほど」
「アリアさまにも困ったものだよな」
 アイシクル副団長は、首を竦め、やれやれ、と笑う。
 俺は王宮の聖騎士団の団員とは言え、まだ王族の警護などは任せられない新米である。二人の話を聞いて、へえ、と思った。アリアさまは男性が苦手でいらっしゃるのか。
「お引き受けしたいところですが、彼らの意見も聞かねばなりません」
 そう言って、グレイシア教官は引き連れている俺達を振り返った。
 構いませんよ、とフィーユさん。好きにすればいい、とオーガストさん。そして俺も「はい」と頷いた。全員から賛成の意見を受け取り、グレイシア教官はアイシクル副団長に向き直った。
「それでは今日一日は、私は副団長の指示に従いましょう」
「そうか、助かるよ。それから折角だ、そちらの三人にも役目を与えよう」
 アイシクル副団長はちょっとだけ悪戯っぽく微笑むと、「ついてくるといい」と俺達を導いた。