光の旋律 第一章 戦うべき相手


「おはようございます!」
 翌朝、廊下でグレイシア教官を見付けた俺は、声を張ってそう挨拶をした。
「ん? ああ、おはよう」
 挨拶を返してくれたグレイシア教官は少々拍子抜けしたように俺を見つめた後、笑みを溢した。
「元気そうだな、リヒト」
「はい!」
「正直、昨日の今日で凹んでいるのではないかと心配していたのだがな」
「だ、大丈夫ですよ」
 確かに寝る前は落ち込んでいたが、オーガストさんによるアフターケアのお陰か、今はすっかり立ち直り、気力だけは満ち溢れている。
 俺は一人じゃない。グレイシア教官だけでなくオーガストさんやフィーユさんも俺の味方でいてくれるのだ。そして、そんな仲間を守る為なら、俺は頑張れる気がした。
「グレイシア教官、今日も是非俺に稽古をつけてください」
「上等だ。ビシバシ扱いてやろう」
 どことなく嬉しそうに笑ったグレイシア教官と別れ、俺は鍛錬の準備をするべく部屋に戻った。



 その日も鍛練の時間はグレイシア教官に扱きに扱かれ、昼になると、グレイシア教官は城下町へと姿を消した。何でも今日は情報収集をする為に傭兵ギルドへ行ってくるらしい。
「リヒトさん、どうぞ。ミルクとお砂糖はいかがなさいますか」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
 俺はというと、宿屋の中庭で、フィーユさんが淹れてくれた紅茶を飲んでいる。可愛らしい焼き菓子もテーブルに並べられて、それがまた非常に美味しかった。優雅なティータイムである。
 俺の隣に着席したのはオーガストさんで、オーガストさんのお茶を淹れながら、フィーユさんが口を開く。
「グレイシアさんはお忙しそうですね」
「そうですね。俺達の任務は不明な点が多いですから、まず何より情報が必要なんでしょう」
「私も何か力になれたらよいのですが」
 小さく溜息を吐いたフィーユさんを見て、オーガストさんが言った。
「あんたは料理だ掃除だ何だって、生活を保ってくれてるだろ。それだけでも石頭はありがたいんじゃないか」
「そ、そうでしょうか」
 オーガストさんはマドレーヌを口に放り込み、「ああ」と頷く。
「……これ美味いな。もう一個くれ」
「あっ、はいっ。沢山ありますのでお好きなだけどうぞ」
 嬉しそうにマドレーヌをオーガストさんの元へ運ぶフィーユさんの笑顔を見ていると、やっぱり任務に対する危機感は薄れてしまいそうになるのだった。何て平和な光景なんだ。
 すると。
「リヒト!」
 突然息を切らしたグレイシア教官が中庭に駆け戻ってきて俺の名を叫んだので、俺は思わず椅子から立ち上がり、グレイシア教官の傍に行った。
「どうなさいました!? グレイシア教官」
「お前に襲い掛かった者の正体が、わかったかも知れない」
「えっ」
 少しだけ乱れた呼吸を整えてから、グレイシア教官は神妙にその名を告げた。
「奴は、帝国の騎士、シェイド・ローウェルだ。彼の目撃情報がここ数日多発している」
「シェイド……?」
 俺はその名を静かに繰り返す。聞き覚えのない名だった。
「数多くの功績を残しながらも、騎士団の重役の指名をことごとく断って、自由の利く範囲でしか任務をこなさないという男だ。相当な実力がある故にそんな奔放な態度も容認されているらしいのだが」
「はあ……そんな人が、俺を」
 先程まで感じていた、ほのぼのとした空気とは一転、緊張感に背筋が伸びる思いである。
「リヒトや私に、目を付けた可能性もある。これから我々は奴をマークしながら動くぞ」
「わかりました!」
 そんなグレイシア教官と俺を横目に見るオーガストさんが、紅茶を一口飲んでから言う。
「ざっくりした任務、少しは前進したのか」
「まあな。次の目標が定まった、と言ったところだ」
「戦うべき敵が見付かったってか」
「そう言ってもいいだろう。まあ、我々の目的は平和の維持だからな。不要な血は流させないが」
「何にしろ、俺はこの女を守るだけだ」
「ああ、フィーユさんは貴様に任せた」
 すると、フィーユさんが手を挙げた。
「わ、私も! 私も、微力ではございますが、皆さまの力になれることがございましたら……! 何でも仰ってください!」
「ありがとうございます、フィーユさん」
 俺達は全員で顔を見合わせ、固く頷き合った。
 これから、本当の試練が始まるのだろう。