光の旋律 第一章 晩酌


 それから。
 俺は自らの情けなさに落ち込み、食事があまり喉を通らなかった。食事を用意してくれたフィーユさんに申し訳なく思いつつも、一人前を半分弱残して夕食を切り上げ、ベッドに寝転がって悶々と考えた。
 本当に俺がこの任務を果たせるのか。
 ただの足手纏いになってはしまわないか。
 すると。
「半人前」
 夕食を終えてからどこかに出掛けていたオーガストさんが部屋に戻ってきて、俺を呼んだ。
「はい?」
 俺が返事をしながら起き上がると、オーガストさんの手には、小さめのワインの瓶が一つ。
「お前、飲める歳だよな?」
「はあ。一応二十歳ですが」
「なら、ちょっと付き合え」
 コルクを抜き、グラスに中身を注ぎ、「ほら」と差し出すオーガストさん。
「え? 俺も飲むんですか?」
「嫌だったか?」
「あ、いえ。では少しだけ、いただきます」
 そうして俺達の晩酌は始まった。


 窓際に椅子を並べて、オーガストさんが注いでくれたワインを一口飲む。まろやかで口当たりの優しい、飲みやすいものだった。
「…………」
「…………」
 静寂。
 しばらくワインを飲みながら沈黙していた俺達だったが、不意にオーガストさんが口を開いた。
「俺は住んでいた場所のせいもあるが、レゼルの中心――特に王族や騎士団には詳しくないんだ。だから石頭からすれば無礼が多いだろうし、これから先お前にも何か不快な思いをさせるかも知れない。そうだったら悪いな」
「いえ、とんでもない」
 これまであまり喋らない印象だったオーガストさんが語り出したことに少々驚きつつ、俺は次の言葉を探す。
「あー……改めて聞きますけど、オーガストさんは、フィーユさんの護衛なんですよね?」
「ああ、まあな」
「フィーユさんは古くからの知り合いではないと仰っていましたが、どんな経緯で護衛になられたのですか?」
「女は初対面で見ず知らずの俺を救ってくれた。恩を返したかった、それだけだ」
 そう話すオーガストさんは、とても優しい目をしていた。仏頂面で愛想がないように見えるが、その実愛情深い人なのかも知れない、と思った。
「フィーユさんのこと、好きなんですか?」
「当然だ。恩人のことが嫌いなわけないだろう」
「そういう意味ではなくて、女性としてっていうか……恋愛的な意味で」
 するとオーガストさんはかなりのハイペースで飲んでいたワインのグラスを手にしたまま動きを止め、考え込む素振りを見せた。
「どういう意味にしろ、まあ嫌いではないが……よくわからないな。俺は男女の色恋沙汰に疎い」
「じゃあまさか女性とお付き合いしたことないんですか?」
「まさか、って何だ。そうだったら悪いのか」
「いや、意外だなぁって」
「誰かを好きになること自体、これまでなかったからな」
 オーガストさんという人は、外見はとても色っぽいのだが、そんな見た目に反して中身は奥手のようだ。
「そう言うお前はどうなんだ」
「俺ですか?」
「あの石頭に惚れてんのか」
「いえ。騎士として憧れてはいますがそんな恐れ多いことは思っていませんよ」
「ふうん……。何か話が逸れたが、何が言いたいかっていうとだな」
 一つ咳払いをして、オーガストさんが言う。
「石頭は相当な実力者なんだろう。俺だって近接戦ならそう簡単には負けない。女は……俺が守るからお前らは心配しなくていい」
 前触れもなく始まった話。俺はきょとんと目を丸くしてオーガストさんを見つめた。
「お前が振り返ればもうあいつらがいる。お前は一人じゃないってことだろう。俺にはよくわからないが」
「オーガストさん……」
 お前は一人じゃない。その言葉に言い様のない感情が湧き上がってきた。
「何か眠くなってきたな。寝る。付き合わせて、悪かったな」
 そう言い残してオーガストさんは椅子から立ち上がり、一人、ベッドの方に歩いていった。
(そっか)
 俺は今頃気が付いてしまった。群れるのが嫌いで口下手なオーガストさんが、彼なりに精一杯俺を励まそうとしてくれた結果がこの晩酌だったのだということに。
 窓からそよそよと吹き込む夜風を感じながら、俺は最後の一口を飲み干した。