光の旋律 第一章 昼ごはん
昼の少し前。腹が減ったなと思いながら宿屋の中をうろついていると、窓の外に女を見付けた。
様子を窺うと、どうやら女は、宿屋の前にある花壇の手入れをしているようだった。俺は、特に意味もないが、今しなければならないこともないので何の気なしにそちらへ赴いた。
「よう、女」
「オーガストさん。ごきげんよう」
「今朝は悪かったな」
「いえ、お気になさらないでください」
手にしていたジョウロを置いて、俺の傍に来る女。
「何か手伝うことはあるか?」
土いじりなどしたことがないが、少しでもこの女の役に立つことができるのなら。そう思い申し出たが、女は首を横に振る。
「お手入れは終わりました。それに、ただの私の趣味ですので。お手伝いには及びません」
「そうか」
ちょっとがっかりした俺に気付いたのか、女はすぐに代案を示した。
「あ、それでは、もしよろしければお昼と夕飯の買い出しにお付き合いいただけませんか?」
「買い出し? ……ああ、今朝はあんたが一人で用意したんだったか。大変だったな。安心しろ、荷物は俺が持ってやる」
「ありがとうございます。男性がいると頼もしいです」
華奢で細腕な女を見て、やはり俺が役に立てるのは力仕事くらいなのだろうな、と思った。女は教養も俺よりはあるのだろうし、魔術にも長けているようだ。何の特殊能力もない俺がこの女より優れているのは、男女の素手での力の差くらいのものだろう。
「それに折角なら皆さまの好きなものを作りたいですし、オーガストさんの食べ物の好みを教えてください」
「わかった。行くか」
そうして俺は女と共に買い出しへと向かった。
「フィーユちゃん、いらっしゃい」
「ごきげんよう、小母さま」
城下町の市場に着くと、女は慣れた様子で店の者に挨拶をしながら先へ進んでゆく。俺は置いていかれないように女の後を追った。
女はくるりと振り返って俺に尋ねる。
「オーガストさんは何か好きな食べ物はありますか?」
「好きなもの……か。多分、肉だな」
「わかりました。お昼はお肉にしましょうか」
そんな中、ある店の婦人の一人が俺を見て目を丸くした。
「あら、フィーユちゃん、そちらの彼は恋人?」
一瞬意味がわからなくて固まった俺に対して、女は慌てた様子で手を振った。
「違います!」
しかし、その言葉は聞く耳を持ってもらえず、たちまち俺達の周りには女の顔見知りらしい婦人達がわらわらと集まってきた。
「あらまあ男前じゃないの。見覚えがないけれどレゼルの人なの?」
「とうとうフィーユちゃんにも春が来たのねぇ」
「フィーユちゃんがいなくなったら、神父さんも寂しがるわねぇ」
「いえ、違います! 彼はその、これから任務を共にしていく仲間というか……ええと」
しどろもどろになりながら必死に弁解する女を眺めているのは面白かったので、俺はあえて何も口を出さずに澄ました顔をしていた。
行く先々の店で婦人達に散々冷やかされながら買い物を終えると、女は俺に頭を下げた。
「ごめんなさいオーガストさん。私なんかと恋人扱いされてご不快でしたよね」
「何で謝るんだ?」
「だって私みたいなの、どう考えてもオーガストさんと釣り合いませんし……」
「番に見えるってのは、ただの主観だろ。俺は別に気にしないし、それに――」
俺は荷物で塞がっていない方の手を、女の頭にぽんと置いた。
「あんたは結構可愛いぞ」
すると、途端に女は顔を赤く染めた。
「どうした?」
「い、いえ、何でもありません」
「顔真っ赤だぞ」
「何でもありません。早く帰りましょう」
「熱でもあるのか」
「本当に何でもありませんから!」
何でもない、を繰り返す女は、赤らむ頬を隠すように、俯き気味の姿勢をして小走りをし、先に進んでしまう。
「あ、おい女、その荷物も貸せ。俺が持つ」
女が片手に提げている重そうな荷物に気付き、俺は女を追い掛けた。
†
昼飯も女が作ってくれたのだが、食卓に並んだのは、先程女と俺で話した通り、肉料理がメインだった。
「グレイシアさんとリヒトさんはもう少し鍛錬をされるそうですので、先に食べていましょう」
石頭と半人前は、俺達が買い出しに出た頃から二人揃って剣の鍛練をしている。騎士というのも大変なものだ。
「そうだな」
実を言うと俺は既にこれ以上待っていたら腹が減って倒れそうなくらいの空腹状態なので、一も二もなく同意して食事に手をつけた。
無心で食事を貪る俺がふと視線に気付いて顔を上げると、女が嬉しそうに微笑んでこちらを見ていた。
「何だ?」
「あ、すみません、不躾に見てしまっていましたね……お口には合いますでしょうか?」
「ああ、美味い」
「それでしたらよかったです。オーガストさんは沢山食べてくださるので嬉しくて」
「そうか? ほら、あんたも食え」
俺は食いかけのカツレツを刺したフォークの先を、女の口に捩じ込んだ。
突然の俺の行動にびっくりしたらしい女は目を丸くしたが、そのままもぐもぐ咀嚼してごくんと飲み込んだ。
「美味いだろ?」
「え、ええ、まあまあですね。よかったです」
またしてもほんのりと頬を染める女を見て、可愛いな、と思ってしまった俺であった。