光の旋律 第一章 四人の朝


 翌朝、俺が目を覚ますと、隣のベッドが蛻の殻だった。
(オーガストさん、朝早いんだなぁ)
 同室のオーガストさんは、既に起床し、部屋を出てしまったようだ。俺だって、朝の鍛練が日課なので、大分早起きをしたつもりなのだが。
 身支度を整えながら、昨日のことを思い返す。王宮の任務に指名された俺は、グレイシア教官、オーガストさん、フィーユさんと共に、旅に出ることとなったのだ。まずは親睦を深める為にと、しばらくはこの宿で寝食を共にするらしい。
 上手くやっていかなきゃな、と、ふっと笑みを溢した時。
「きゃ――っ!!」
 突如、透き通った悲鳴が宿所に響き渡った。
「な、何? 何事?」
 女性の叫び声だ。騎士としての責任感と純粋な驚きに駆られた俺は、取るものも取り敢えずほぼ寝間着のまま声のした方へと走った。廊下に出てすぐのところで、悲鳴の出どころは見付かった。
「フィーユさん……と、オーガストさん!?」
 廊下に、昨日俺の仲間になったばかりの二人が立っていた。しかしそんなことよりも。
「何て格好してるんですか、オーガストさん!」
 オーガストさんは褐色の肌の上半身を惜し気もなく晒し、下半身は下着一枚という格好だった。
「今、悲鳴が聞こえたがっ!?」
 という声と共に隣の部屋からグレイシア教官が部屋着の姿で飛び出してきた。騎士の制服姿しか見たことがなかったので新鮮だな、と俺が脇道に逸れたことを思ってしまった一瞬で、グレイシア教官はオーガストさんを瞳に捉えると、すぐさま目をつり上げた。
「廊下で何という格好をしているんだ、貴様! 恥じらえ、だらしない、早く服を着ろ!」
 オーガストさんにそう怒鳴り散らすグレイシア教官。
「服の存在忘れちまうんだよな」
 思い出したように、小脇に抱えていた服をもそもそと身に纏い始めたオーガストさんは、Tシャツとジーンズで全身を覆うと、一連の騒動に居合わせながら背を向けていたフィーユさんの肩をとんと叩いた。
「悪かったな女。もういいぞ」
「い、いえ、私の方こそすみません。ちょっと驚いてしまったので……叫ぶようなことではないですよね、ごめんなさい」
 なるほど、先程の悲鳴は、廊下で半裸を晒してうろつくオーガストさんに出会したフィーユさんが驚いて上げたものらしい。そりゃあびっくりもするだろうなと思った。
「相手がフィーユさんだったからよかったようなものの――いや全然よくないしな、この宿屋には一般客もいるんだぞ! 人様に裸を見せ付けるという貴様の行為は犯罪なんだぞ!? 破廉恥男!」
「はいはい」
「何だ、その気のない返事は!」
「人間って面倒臭いな。大事なとこが隠れてたんならそれでよくないか?」
「そういう発言もやめろ!」
 グレイシア教官に滅茶苦茶に怒られながら平然としているオーガストさんはやはり大物である。
 何はともあれ、問題はとりあえず解決したようなので、俺は洗面所へ向かうことにした。



「リヒトさん、お食事のご用意ができましたよ」
 それから小一時間ほど宿屋の裏手で剣の鍛練に汗を流していた俺に、フィーユさんが言った。
 部屋に戻ると、焼き立てのパンと、形の整ったオムレツ、彩り豊かな野菜のサラダが皿に美しく盛られていた。グレイシア教官とフィーユさんもこちらの部屋に来て、四人揃っての朝食だ。
「……美味いな」
「お口に合ってよかったです。おかわりもございますから、お声を掛けてくださいね」
 そのどれもを大口で頬張るオーガストさんを、フィーユさんが嬉しそうに見守っている。
「買い出しから調理……何から何までお任せして申し訳ありません、フィーユさん」
「いいえ、お気になさらないでください。戦闘員ではない私にできることは限られていますので、少しでもお役に立てれば幸いです」
「ありがとうございます。それじゃあ、男ども、食べながらでいい。これからの我々について話し合いたいと思うんだが」
 グレイシア教官が一呼吸置いて話し始める。
「我々の目的は、ダヌア帝国を警戒することだ。知っての通り、ダヌアでは先日、皇帝が代替わりしてな。軍事が強化されると共に他国への牽制が強まっているんだ」
 その話に、俺はパンを咀嚼しながら頷いた。
「刺客として各国へダヌアの騎士が送り込まれていると聞く。予想され得るレゼルへの――いや、ナフィティア大陸全ての国への被害を未然に防ぐことが我々の任務というわけだ」
 そんな話の途中、オーガストさんが皿を掲げてフィーユさんを呼ぶ。
「おい女、おかわり」
「あ、はい。今持ってきますね」
「おい貴様、食べながらでいいとは言ったが話を聞いているのか!」
「聞いてるさ」
 オーガストさんが小さく伸びをする。
「しかしざっくりした内容だな。戦う当てがあるわけでもないんだろう?」
「その辺りは情報収集をしながら臨機応変に対応していかねばならん」
 フィーユさんからおかわりを受け取ったオーガストさんは、また料理を食べ進めながら言う。
「まあ俺はこの女に危害が降り掛からないようにする為だけの、ただの護衛だ。あんたらは好きにしろ」
「貴様は協調性というものを少しは持ったらどうだ。だがまあ、それでいい。端から貴様には期待していない」
 グレイシア教官はやれやれと溜息を吐いた後、俺に目を向けた。
「この任務は実質、私とリヒトのものだ。やれるな?」
「お任せください」
 微笑んで言った俺の答えに、グレイシア教官は満足そうに頷いた。
「それでこそ私が見込んだ騎士だ」
 と。