光の旋律 序章 Case.02 Rookie Knight


 それは、俺が騎士としての第一歩を踏み出した日からたった三日後のことだった。レゼル聖騎士団寮から作戦室に通された俺は、思いもよらない任務に指名される。
「極秘任務?」
「ああ」
 作戦室で二人きりになったのは、俺と、士官学校時代にお世話になった教官だった。グレイシア教官は背筋を伸ばし、真剣に俺と向き合う。
「これに関わる人員は全て私が決定していいそうだ。引き受けてくれるな?」
 そう言って、グレイシア教官は深い青の瞳を真っ直ぐに俺に向けた。
 若くして聖騎士団の女性騎士筆頭であり、士官学校では教官を務めるグレイシア・セシル女史。キャリアと実力だけでなく、その美貌にも多くのレゼル国民が憧れの眼差しを向ける、新米騎士の俺にとっては雲の上の人であった。
 それはさておき。グレイシア教官の話す任務はざっくり言えば、南の大国・ダヌア帝国を警戒せよ、とのことだ。詳細不明の謎の任務に首を傾げたくはなるが、勿論王宮の騎士たる俺に断る理由はない。
「はあ。しかし何故俺のような新米を選ばれたのです?」
 特別な任務なら、もっと名のある優れた騎士を選んだ方が得策ではないか。しかし、グレイシア教官は言う。
「この任務において、目立った行動はできない。これ以上筆頭に匹敵する騎士を連れてはいけないというのが第一の理由だ。第二の理由は個人的なものになるが、私がお前を買っているということだな。士官学校時代、優秀な成績を修めたお前をな」
「それは光栄です」
 俺は深く頭を下げた。士官学校時代は主席には届かなかったものの、これは真面目に勉学と鍛練に励んだ成果なのだ。嬉しくないわけがない。
「あとは医療魔術に精通した者が必須だ。当てはあるんだ、麓の修道院に医療魔術に長けた女性が沢山いる。神父さまに、一人紹介していただけるよう話をつけてある」
 ということは、グレイシア教官は、新米騎士の俺、戦闘経験がまるでないシスターを仲間にするつもりか。大丈夫だろうか、と思った俺が、一瞬不安な瞳をしたのを見て取ったのか、グレイシア教官は。
「心配は不要だ。私がいる」
 と言い切った。
「……! はっ、失礼いたしました」
 その自信に溢れた強気な発言に、俺は襟を正した。これは王宮からの、女性騎士筆頭であるグレイシア教官と手を組まなければならないような重要な任務なのだ。
「それでは行くぞ、リヒト」
 グレイシア教官はふっと笑うと、自身の勿忘草色の長い髪を掻き上げて立ち上がった。
「はい、グレイシア教官!」
 そうして俺は、騎士として初めての任務へと旅立つのだった。



「初めまして。私はフィーユ・ブランシュと申します。よろしくお願いいたします」
 麓の教会で紹介されたシスターのフィーユさんは、本当に戦闘とは無縁そうな清楚で可憐な女性だった。髪と瞳の薄色がこの国では珍しく、その儚い美しさに俺はちょっと見とれてしまった。
 しかし、予想外だったのが。
「護衛代わりのオーガスト・エル・エスだ」
 フィーユさんに、護衛の代わりとしてオマケのようについてきた男性である。これはグレイシア教官も知らなかったらしく大分面食らっていた。
「まあ……三人では心許ないと思っていたところです。あなたのような方についてきてもらえれば心強い。よろしくお願いいたします」
 そう言って差し出されたグレイシア教官の手を一瞥した逞しい体つきの褐色の彼――オーガストさんは、握手には答えず、溜息を一つ吐いた。
「俺はこの女に恩を返せれば何でもいい。群れることになるのは本意じゃないが、致し方ないな」
「は?」
「行くんなら早くしろ、騎士ども」
 その態度は、何とも素っ気ないと言うか、ふてぶてしいと言うか。
 グレイシア教官が、差し出していた手を握り拳に変えてぶるぶると震えている。これは相当頭にきている証拠だ。俺の背には冷や汗が伝った。
(うわあ……)
 女性騎士筆頭ともあろうグレイシア教官にあのような態度を取れるレゼル国民は、かなり珍しいケースである。オーガストさんは余程肝が座ったお方らしい。
 何はともあれ、触らぬ神に祟りなし。俺は不穏なグレイシア教官とオーガストさんから離れ、優しそうなフィーユさんの側へ行って話し掛けた。
「フィーユさんとオーガストさんは、どのようなご関係で? 古くから彼が護衛だったのですか?」
「え、どのようなと言われましても……つい先程知り合ったばかりと言うか……何と言うか」
 フィーユさんはもごもごと言った後、「でも」と笑顔を見せた。
「私を必要としていただけるのでしたら、この旅に精一杯尽力したいと思います。よろしくお願いしますね、リヒトさん」
 聖女。そんな言葉が頭に浮かぶ清らかな微笑みだった。
 すると、フィーユさんと俺の間に、オーガストさんが割り込んできた。
「おい女、荷物は俺が持つ」
「このくらい大丈夫ですよ」
「いいから貸せ、女」
「ええと、それではお言葉に甘えて。ありがとうございます」
 ひょいとフィーユさんの荷物を取り上げたオーガストさんは、むすっとした顔のまま先を歩く。
「おい、貴様」
 不意に、わなわなと震えていたグレイシア教官がオーガストさんを指差した。
「何だ」
「貴様が彼女とどのような関係なのかは知らん。だが女性を『女』などと呼ぶことはないだろう。フィーユさんだ。名前で呼べ、不愉快だ」
「どう呼ぼうが俺の勝手だろう」
「いいや、これから旅を共にするんだ、ちゃんとケジメはつけておかねばならん」
「石頭か、あんた」
「何だと! 旅の決定権は全て私にあるんだぞ、異論は認めん!」
 早くもグレイシア教官が素の言葉遣いを見せてオーガストさんと喧嘩を始めてしまった。
「ぐ、グレイシアさん、私は気にしておりませんから! 大丈夫です!」
 慌てて止めに入るフィーユさんを、オーガストさんは勝ち誇ったように引き寄せた。突然に肩を抱き寄せられたフィーユさんは目を瞬かせる。
「そういうことだ。本人が承諾していることを、他人にあれこれ言われる筋合いはない」
「ぐっ……」
「くだらないこと言ってないで、とっとと行くぞ石頭、あとそっちの半人前っぽい奴」
 歩幅の広いオーガストさんは、フィーユさんを引き連れてどんどん先に行ってしまう。
「貴様! 人を石頭とか呼ぶな!」
「えっ? は、半人前って俺のことですか?」
 グレイシア教官と俺は、勝手に付けられた強ち間違いではないあだ名を反芻しながら、その後を追った。
 初っ端から早速の不安だが、この旅、なかなか一筋縄ではいかなさそうである。