フユメキ。 バレンタイン小話 みゆきとリコの場合
去年のバレンタインデー。
二年生だった鶫リコは、自分に宛てられた全てのプレゼントを突き返した。
「私のことが好きだっていうのに、私の大嫌いなこと、何も知らないんだね」
――そんな皮肉を添えて。
◇◆◇◆◇◆
来たるバレンタインデーに、教室も何だかそわそわしてきた二月上旬。
生徒会への差し入れとは別に、鶫さんには、個人的に何かを贈りたい。私がそう思っていた時のことだった。
「みゆきさんは知っていて? 去年、プレゼントを全部突き返した、ってリコ先輩の噂」
「え……?」
「下駄箱に入っていた分は張り紙をして『一週間以内に引き取りに来ない場合には全て破棄する』って」
「お陰で誰もリコ先輩にはチョコレートを渡せていないらしいの」
「そう……なの?」
そう聞いて私はショックを受けた。けれど、冷たくチョコレートを拒否する鶫さんの姿は易々と想像できた。当時私はまだ鶫さんと顔見知りではなかったのでわからないが、きっと噂は本当だろう。
しかし、それでは私の「鶫さんに個人的に何かを贈りたい」という計画は脆くも崩れ去ってしまう。
小織の作ってきたチョコを食べていた姿は見たことがある。チョコレートが嫌いな訳ではないのだろう。孤高の鶫さんは、バレンタインに贈り物をするという馴れ合いの風習が嫌いなのだろうか。
◇◆◇◆◇◆
バレンタインデー当日の生徒会室。
「じゃーん! 小織特製チョコレートクッキーです! 皆さんどんどん食べてください!」
クッキーの入った包みを広げる小織。
「あら、ありがとー、小織ちゃん」
「あ、私はトリュフを作ってみました」
私も小織に倣って、ころころとしたトリュフチョコレートを広げた。
「二人ともとっても上手だねぇ」
トリュフは、小織、久世さん、雅楽川さん、そして鶫さんの口にも入った。
けれど本番はここからだ。私は鞄に隠しているチョコレートケーキを誰にも悟られないよう気を配りながら生徒会活動に取り組んだ。
そして今日も生徒会の活動を終え寮に帰ると、私は三年生のフロアへ赴き、鶫さんの部屋の呼び鈴を鳴らした。すると間もなく、鶫さんは現れた。
「鶫さん」
「堀井か、どうした?」
「これ、受け取ってくださいませんか」
「これ……チョコレートか? さっき散々貰ったけど?」
怪訝そうに眉を顰める鶫さん。
「これは、それとは別で……。鶫さんがバレンタインのチョコレートをお嫌いなのは知っています。けれどこれが私の精一杯の日頃の感謝の気持ちです」
ぎゅっと目を瞑って小包を差し出す私に、鶫さんは溜息を吐く。
やはり迷惑だったかな――そう後悔した。しかしそれは違っていた。
「何か、誤解してない?」
「え?」
「私が嫌いなのは、さ。バレンタインやチョコレートじゃなくて、身近に男がいない代わりに、ちょっと男っぽいってだけで私にチョコレート渡してバレンタインを満喫しようとする夢見がちで短絡的な、普段付き合いのない女子だ。そんなの、本当に私のことが好きとは言えないだろ?」
そう言って鶫さんは私の手から小包を摘み上げた。
「堀井が私に感謝を込めて用意してくれたっていうなら、ありがたく受け取るよ。……いつもありがと」
微笑んだ鶫さんは、多くの女生徒が惹かれてしまうのも頷けるほど、とても格好よかった。
みゆきとリコの場合 - fin.