フユメキ。 バレンタイン小話 千鶴と小織の場合


「こ、お、り、ちゃん」
「わひゃあ!」
 不意打ちで背後から胸を鷲掴みしてやると、小織ちゃんは声を上げた。
「驚かせるにしても他の手使ってください、千鶴さん」
 そう振り返って抗議してきたので、魔の手の主である私は愉快だった。
「隙だらけなのがいけないのさ」
 私は悪びれもせずに言った。小織ちゃんは「むぅ」と膨れた後、「あっ」と手を打った。
「そう言えば、今日バレンタインですよね。生徒会に差し入れいっぱい持っていきますから、楽しみにしていてください」
「おや、それは嬉しいねぇ。高校生活も残り僅かだけど、小織ちゃんみたいな優しい後輩に出会えて幸せだったよ、私は」
「千鶴さん……」
「そんな顔しないでおくれよ。私は大学も冬ヶ丘に行くんだからさ」
「そうですね。卒業しても頑張ってください、千鶴さん!」
「ふふふ、ありがとうね」
 いつもは含みのある笑顔をする私が、その時の笑顔は、真っ直ぐだったように思えた。


千鶴と小織の場合 - fin.