フユメキ。 ホワイトデー小話 クロスのネックレス


 三月。三年生の進路が決まり、卒業式も無事に終わった。そして、生徒会には新たなメンバーが揃ったことで、私は鶫さんとなかなか顔を合わせられなくなった。
 それを寂しく思っていた頃、寮の私の部屋に、鶫さんが訪ねてきた。
「堀井」
「鶫さん? お久し振りです」
「ああ。突然だけど堀井、十四日暇か?」
「十四日ですか? 空いていますけれど……何かありましたか?」
「ホワイトデーだろ。バレンタインデーのお礼をしたいなってね。お返し? ってやつ? それの菓子とか、考えてみたんだけど私よくわかんないからさ。一緒に出掛けながら堀井の好きなものを探したいと思うんだけどどうだ?」
 予想外の申し出に、私は慌てて手を振った。
「いえ、お気遣いなさらないでください。あれは私が一方的に渡したかっただけで……」
「私と外を歩くのが嫌なら無理強いはしないけどね」
「えっ」
 心外な誤解を生みそうなので、再度慌てて手を振った。
「そうじゃありません、鶫さんとお出掛けできるならとても嬉しいですよ」
「じゃ、いいか?」
「ええと……は、はい。私でよろしければ」
 決まりな、と笑った鶫さんに、私はドキドキし始めていた。
 これは、デートというやつじゃないでしょうか。

◇◆◇◆◇◆

 十四日。
「堀井、お待たせ」
「いえ、今日はよろしくお願いいたします」
「好きなもの見付かったら、遠慮なく言ってよ」
「は、はいっ」
 私達は横に並んで歩き始めた。ちらりと横目で鶫さんを見る。
 メンズライクな黒のライダースジャケットを着こなして、ジーンズのポケットに手を入れて歩く鶫さんは遠目には男性に見えるかも知れないくらいに格好いい。まるで宝塚の世界のようだなぁとぼんやり思った。
「ま、ざっと好みを把握したいんだけど。堀井は食い物と雑貨類、どっちが欲しい?」
「ええと……」
 正直、私は鶫さんが私に選んでくれたものなら何でも嬉しい。けれど折角なのでリクエストしてみる。
「どちらかと言えば雑貨でしょうか。記念に残りますし」
「へえ、了解」
 鶫さんは「じゃああのデパートでも見るか」と百貨店を指差し、私達はそこに向かっていった。

◇◆◇◆◇◆

 その百貨店には私のお気に入りの雑貨屋さんが入っているので、特に迷うこともなくそこに直行した。
(あ)
 鶫さんと店内を見て回りながら、あるアクセサリーが私の目にとまった。
(ペアネックレスなんだ……)
 チェーンの繊細な女性ものと、革紐のクールな男性もの。お揃いのペンダントトップ、シルバーのクロスモチーフが素敵だった。
(でもちょっと高いわね)
 さりげなく値札を指先で揺らして、金額を確認した。流石にこれは鶫さんにはねだれない。私がバレンタインデーに贈ったのは材料費もそれほどかかっていないチョコレートケーキだ。あまりに不釣り合いだろう。
「堀井?」
「えっ、あっ……はい!」
「何か気になるものでもあった?」
「あ、いえ、まだです!」
 私はネックレスから離れ、少し先に進んでいた鶫さんに駆け寄った。

◇◆◇◆◇◆

「ほら、堀井」
 鶫さんは綺麗にラッピングされたマグカップを私に渡した。
「ありがとうございます鶫さん。大切にします」
 あれから、同じ雑貨屋でイニシャル入りのマグカップを見付けた私は、これがいいですと鶫さんにねだった。お洒落で、値段も比較的手頃だったからだ。
「今日はありがとね。面白かったよ」
「いえ、そんな。こちらこそ、本当にありがとうございます」
「でも私欲張りだからさ。まだ、足りない」
 不意に、鶫さんが私に向き合った。
「堀井。目、閉じて」
 言われるがまま目を閉じると、首筋にひんやりとした感覚が走ってびくっとした。
「開けていいよ」
「……え?」
 目を開けて、私は私の首に掛けられていたものに驚いた。
「鶫さん、これ――」
「これは、堀井の為じゃないよ」
 そう言って鶫さんは自分の首に手を回して何かを掛けた。それは、私が先程目を奪われたクロスのネックレスだった。
 私の首にはレディース、鶫さんの首にはメンズ。お揃いのクロスが胸元で揺れている。
「ホワイトデーだからさ、私も何か欲しかったんだ。普通は女が男に何か貰うだろ。だからこれは、私から私へのプレゼント。……こういうの、嫌い?」
「……そんな」
 私は涙が出そうになるのを堪えて、強く首を横に振った。
「ありがとうございます、鶫さん!」
 それが、私の高校二年生のホワイトデー。


クロスのネックレス - fin.